Macintosh 30周年って、もう三十年か…。しみじみ。
 アメリカ留学から帰ってきた先輩が、でかいリュックみたいなのを担いでもってきて、自分机の上に自慢げに置いたのが、Macintosh512K?だっけか? Plusより古くて、フロッピーで起動するヤツだったからな。あれは、衝撃的だった。

 さて、ワシが買った最初のMacintoshは、SE/30になるのかな? 
さぁ、久しぶりに起動してみようか(笑)
SE30
 富士通の100MBのHDDに換装したんだけど、まだ、固着していない。さすが日本製のHDDだ。
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  さてっと、おっといきなり、爆弾(笑)Finderがバグっている。HDDの調子が悪いか、時計がまたリセットされているので、その辺のトラブルだろう。
 左側のリセットとインターラプトスイッチが健在なので、リセットスイッチを押すと再起動。チャーンと言うGコードが流れる。
 ハードウエアの故障だと、チャラリランというアルペジオが鳴るんだよ。それすら鳴らないのなら、電源とかの問題とか、まぁ、ながーい付き合いなので(笑)もちろん、トラブル対策用の本もちゃんと持っている。オリジナルの白い箱とマニュアル、漢字トーク6.のディスクまでそろっているし、ワンオーナのたばこ吸わないワシのSE/30は、ビンテージMacintoshとしては、3万円くらいの価値はまだある(笑)

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 はい、アイコンパレードね。これは、最近(といっても十年くらい前まで)は使っていたので、漢字トーク7.1で、Now Utilities 4.0.*やSpeedyFinderなんかのINIT/cdevでカスタムしてある。
 もちろん、漢字トークなので、時計を1月1~3日にすると、「明けましておめでとうございます」とでてくる。

 SONY製のフロッピーディスクドライブ(FDD)もまだ健在だ。いまの にわかマカーは、FDというとFusion Driveの事しか頭に無いから、ワシらが、フロッピー?と聞いても、分けがわかっていない。
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ちなみに、今のMac OS X Mavericksでも、フロッピーを読むことだけはできる。
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フォーマットしたり、書き込むことはできない。たった、1.44MBしかないけど、NECのPC-98シリーズは、1.2MBとしてフォーマットしてた。IBM/PCとMacは2HDの1.44MB。なんか、優越感に浸れた。

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 Macintoshの凄いところの一つは、フロッピーをガチャコンと入れた後、取り出すときが、フロッピーのアイコンをゴミ箱へドラッグ&ドロップで、ンペッって、はき出されるところだった。
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 部屋に遊びに来た女の子は、だいたいコレに感動して食いついていたね。「ウチにおもしろいパソコンあるから見に来る?」で、マジで釣れた。

 Macintoshってさ、ギミックの塊みたいなところがあったし、ゴミ箱一つすてても、アイコンが膨らむ。
 今では当たり前の(例えばコピー完了で音がでるのとか)Finderの操作に合わせて音声を出すことも、漢字トーク6.(System 6)の頃から出来ていた。
 INIT/cdevの中には、このゴミ箱に、セサミストリートにでてくるオスカー風のヤツが出て「アイラブトラッシュ~♪」って歌いながら出てくるのもあって、まぁ、とにかく楽しかった。
 PowerBook170(当時70万円)とか、DCプラグを差すと、女性の声で「あーん」とか言うのもあってだな…(笑)終わりがねぇ。今のMac OS Xは、MacintoshのSystemと似ても似つかないとか、言うのは、「にわか」中の「ニワカ」だよ。

 とにかく
 音が抜群に良くて、しゃべることも、短い音楽も鳴らせた。当時、PC-98やIBM/PCのMS-DOS、Windows3.1では、簡単に出来なかったことが、すぐに出来ちゃってた。
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 はい、CRTの焼き付きを防ぐためのスクリーンセイバ、定番中の定番、Flying Toaster。はじめはシンプルだったんだけど、だんだん機能がアップして、テーマソングやゲームが出来たりとか、スクリーンセイバがクラッシュの原因になるとか、本末転倒なことも懐かしいよね。
 IIcxを買ってカラーの13インチCRTには、熱帯魚が泳ぐスクリーンセイバを入れていた。あれも定番になったよね。まだ、Windowsでは、精細なグラフィックができるのが無くて、Macintoshの独壇場だった。
 IIcxは、Quadra700へアップグレードして、蓋だけがQuadra700についている(笑)。

 もちろん、NECのPC-98も、Windows3.1も必要に応じて使ってたけどね。
  SE/30も、Quadra700とかカラーのMacintoshが主力になっていったので、最後はメールやパソコン通信のメール端末として使ってた。あと、ワープロとして、クラリスワークスをいれていたし。
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 この解像度(笑)は512 X 342 モノクロ2階調。ジョブズは、「一目で見渡せるのには9インチのCRTで十分だ」と言ったらしい。実際、狭かったけど、PC-98やIBM/PCが、テキストとグラフィックが別々の処理だった時代に、Macintoshはフルグラフィックで、しかもタイポグラフィがちゃんとしてて、英語のフォントが綺麗だった。それに、モノクロ二階調なのに、グレーの表現をQuickDrawが担当して視認性をカバーしていた。MPWでの開発は大変だったけど。

ドットは荒いけど、ポストスクリプトレーザプリンタのおかげで、印刷した文字はまったくジャギー(ギザギザ)のない綺麗な文字が印刷できた。今じゃ当たり前のことだけど、昔はすごい事だった。
 ただし、ポストスクリプトレーザプリンタ NTX-J、キヤノンのOEMで一台100万とか(笑)、フォントが2種類で10万、プリンタのフォント用HDDが20万とかそういう世界。最後は、7割引きとか定価とかあってなかったような状態になった。

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 スクリーンショット、コマンド+コントロール+3 ってのは、漢字トーク6の頃からあった。プリントスクリーンのWindowsとは違って、HDDのルートに保存される。これは、Finderの機能を拡張するINIT/cdevをつかえば、任意のところに保存できるように指定できるとか、いろいろあった。

 ComNifty 茄子ブラウザとかさ、NIFTY-ServeのFMACやPC-VANにいた連中なら、懐かしくて涙出てくるやつもいるかもしれんね。まだ、起動できて、当時の書き込みが観られる。

コントロールパネル、コンパネとか言うやつもいたな。
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 Macintoshユーザグループを主催すると、このINIT/cdevの話題は絶対に外せない情報だった。「コンフリクト」って言葉を、初心者に教えることからはじまる(笑)。
 ワシは、Now Utilities派だったので。日本で買うと3万円とか馬鹿高いので、アメリカの通販からパッケージ版を買っていた。90ドルほどで買えた。
 フリーのINIT/cdevが、いっぱい出回っていて、そのほとんどがCompu-Serveのフォーラムにあった。でも、国際電話かけてダウンロードできるヤツは、ほとんど居なかった。

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 INIT/cdevの「コンフリクト」を回避するために、Now StartUpManagerは便利だった。アイコンパレードをコレで決める。読み込ませる順番によっては、Macintoshが不安定になることが多々あった。この辺の使い方ができるかどうか?で、Macintoshを使いこなせるヤツと、爆弾ばっかりで使えねぇと言うヤツとの分かれ道になったのも、懐かしい。

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ワシのUtilityフォルダ。ほとんどがアーカイバ。パソコン通信に特化したカタチで残しているので、圧縮関連は一通りそろっている。2400MNPとかで送っていた時代だからね。しかも、電話代は従量制の市外電話だったから、電話代(ミカカのラブレター)が、十万円とかね。そういう時代を、このSE/30とかでやってきたから(笑)。
 最後は、インターネットにつないで、使ってたんだけど、今のWebを観るためには、Netscapeだと表示できないので、プロキシマルサーバで細工をしてからになるので、もう繋げられない。

 ファイル名に注目してもらうと、最後が「ェ」と文字化けしている。これを今でも、意識的に変換して使う人いるでしょ。

やっぱ、ワシは、Macintoshはコンパクトマックが好き。

 現行の骨壺Mac Proは、このコンパクトマックよりも小さい。価格も、SE/30を買った値段で、8コアのが買える。
 しばらく円高になると思うので、安くなるようなら、一番安い骨壺を買おうと思っているものの、数万円で中古のPCパーツをかき集めても、今のワシにとっては十分なMacが作れる時代なので、そっちでも良いかと思い始めている。